002.訪問者

インターホンの音で、幸村は目を覚ました。フローリングに横たわっていた身体がきしむ。幸村と一緒に床に落ちたらしい目覚まし時計の針は、十一時をさしていた。

ぼんやりと時計を眺めていたら、再びインターホンが鳴った。幸村はきしむ身体をなんとかして起こし、玄関へ向かった。

ドアの前には、不機嫌そうな顔をした少年が立っていた。齢は十二、三歳くらいか。成長期らしい、ひょろりと長い手足が、Tシャツと半ズボンから伸びていた。

少年はじっと幸村を見つめた。寝ぐせに、恐らく口元にはよだれ痕もついている。こんなくたびれた女子大生を見る機会はそうそうないのだろう。無遠慮に幸村を眺め、少年はため息をついた。

それから少年は、ゲンを見なかったか、と幸村に問うた。ゲン、という言葉を脳内で様々に変換したが、何も浮かんでこない。きょとんとした表情の幸村を見て、少年はまた溜め息をついた。

「知らないならいいよ。でも見つかったら教えろ」

少年はそう言うと、何かクシャクシャに丸まった紙を幸村に突き出した。

幸村はそれを反射的に受け取った。何か数字とローマ字の短い羅列があり、その上に、あまり整ってはいないが、素直そうな字で「有馬諒介」と書かれていた。

「なんだいこれは」

「俺のライン。入れとけ」

「おれ、ラインやってないんだけど」

幸村の言葉に、諒介は信じられないといった表情を浮かべた。今時、と小さな声で言いながら、玄関を出ていった。

幸村は寝起きの訪問者に目をぱちくりさせながら、くしゃくしゃの紙切れを手に、真夏のアパートの玄関で途方に暮れた。